まるぶろぐ

備忘録として日々の出来事をこまごまと綴っております

maru992016-01-25

母を亡くした日の、あまりにも突然だったので呆然としているうちに、嵐のように過ぎていった一連の出来事の記憶は、今も薄れることなく、生々しく脳裏に刻まれている。そんなあの日から、今日でまる30年。そしてそういう節目の日に、私はお墓参りに行きもせず、歌舞伎座に向かう。もちろん、自宅の仏壇には手を合わせた。それ以上に、あの場所にわざわざ出かけていくことの意味が見い出せない … というのは単なる言い訳にすぎないのだろうけども。

寿初春大歌舞伎の昼の部は、華やかな「廓三番叟」で幕を開ける。孝太郎の傾城に、この可愛らしい新造は、萬太郎でも千之助でもないし…としばらく考えて、種之助だとやっと分かった。女形はあまり見たことがなかったから。父親譲りの端正な踊り。太鼓持ち染五郎。夜の部の直侍とはまったくの別人。

最前列の中央なのに両隣りとも空席で落ち着かなかったのが、幕間に埋まってホッ。踊りはパスしたのね。「義経千本桜」から「鳥居前」。門之助の義経に児太郎の静、弥十郎の弁慶。松江の藤太が意外なほど愛嬌があって良かった。橋之助の狐忠信は、独特な鬘のせいもあって顔がとても大きく見えて、それが余計に古風な味わい。芝翫襲名が決まっている橋之助と児太郎は叔父・甥の関係で、歌右衛門襲名が決まっていた児太郎の父福助は療養中の容態がまったく聞こえてこなくて、今頃どうしているのだろうか、と真っ赤を貴重とした華やかな舞台を観ながら考えていた。

「石切梶原」って上演回数が多すぎじゃないかしらん、と思って調べてみたら、意外にも過去6年間、毎年1回ずつだった。もっと多いような気がしていたなぁ。ちなみに6回のうち5回は梶原を幸四郎吉右衛門のどちらかが演じている。だから余計に多く感じるのかも。今回は、試し切りされちゃう呑助を男女蔵さんが演じていて、個人的に嬉しかった♪ 歌昇の股野も憎々しさがはじけるようで良かったなぁ。

次の幕間で左隣りの男性が帰ってしまった。4幕のうち2幕もパスって、よっぽど忙しいのかしらん。最前列なのに空席にしてしまうのは役者陣に申し訳ない、と私なんぞは思ってしまうのだけれども。

昼の部最後の「茨木」は、渡辺綱松緑歌昇は赤っ面の股野から白塗りの宇源太に大変身。玉三郎が綱の伯母から茨木童子に変身するまでのつなぎを鴈治郎と門之助。童子の鬼の化粧は、衣装の赤、茶、灰色をそのまま取り入れていた。玉さんの鬼は、「紅葉狩」でもそうだけど、目をむいたり口を開けたりして鬼の表情を作っても、なんかこう、可愛らしくなっちゃうのねん。

帰りの車内で、とあるクライアントからメールが届き、別のクライアントに私を紹介してもいいかと。もちろん、できる範囲で対応させて頂きます、と返信し、北千住駅構内のスタバで宮部みゆきの本を読んでいたら、紹介先のクライアントから見積り依頼が届いた。でもワード数のみ書かれていて、普段、ワード数をカウントする習慣がないから、どの程度の分量なのか把握できない。帰宅後、正直にその旨を伝え、できれば文書をファイルで見せてほしい、と返信したけど、過去にこういう例がないものだから、大丈夫かしらん、と不安でいっぱい。

その案件とは別に、週明けにご相談、と言われていた別の案件にゴーサインが出て、作業をスタート。でもまだ今日はちょっとだけ。

明日はいよいよ圭くん対ジョコビッチの準々決勝なのに、なんと17時すぎからのナイトセッション。私はその頃、パルコ劇場に向かっているはず。今までずっと第一試合だったのになぁ。もちろん録画予約していくけれど、どうか帰宅するまで結果を見聞きしないでいられますように!