今日は母の誕生日とされている日。「されている」というのは、昔のことで届出が遅れ、日付も曖昧だから明治節にしてしまおう、と出生届の日付けを今日にしたらしい。それはそれとして、生きていれば92歳。90代の母なんて想像もできない。母が亡くなったあと、当時の上司から、十年後、二十年後あるいはもっと先でなく、今お母様が亡くなったことを無駄にしてほしくないと言われた。早く亡くなって良かったという意味では決してなく、母ひとり子ひとりで暮らしてきたことを知っているからこそ、あなたはある意味、自由になったのだと。その自由を存分に活かして世界に羽ばたく、というような輝かしい展開にはできなかったけれど、たしかに自由なひとり暮らしを謳歌し続けていて、幸か不幸か介護の苦労もない。重くて深い言葉だったなぁ、と特にこんな歳になった今、よく思い出す。
あさっては国分寺のカフェの中にあるギャラリーで行われるニャンドゥティのイベントの搬入日で、私の作品も飾ってもらえることになっているのだけれど、花瓶と白い花のドイリーを入れたフレームのアクリルカバーを傷つけてしまったので、いっそカバーがないほうがいいかも、と思いつつ念のため、同じフレームを買いにダイソーへ。スーパーでりんごや卵も買い、帰宅後ひと息ついてから、さつまいもとりんごの天板ケーキを焼く。
一口大にカットしたさつまいもを水にさらしておき、同じく一口大にしたりんごと一緒に生地に混ぜ込むんだけど、さつまいもの量が多くてりんごを2つ使うと天板に入り切らない気がして、りんごは1つにとどめておいた。ところが、実際に天板に生地を流してみると、あれ? もっと入る? 急いでもうひとつのりんごもカットし、天板の上で生地に混ぜ込み、200度と高めの温度でしっかり焼く。全体が均等になるようならしたつもりだったのに、写真では左下の隅だけ、ちょっと生地が少なかったみたいで凹んでしまい、そこだけ焼色も薄い。あいやー。

天板が大きく、2等分してもそのまま持ち運ぶのは難しいので、全体を適度な大きさにカットし、凹んだ部分を試食してみる。シナモンを加えた生地がりんごとさつまいもによく合い、悪くない。まぁ、これまでにも何度か作っているレシピだからね。ただこのレシピ、りんごは中2つ、さつまいもは大1本と書かれているだけでグラム表示がないから、毎回、分量に迷ってしまう。
「マツコの知らない世界」が北千住の特集で、知らないお店、行ってみたいお店がたくさん出てきて面白かった。でも放送後はお客さんが殺到するそうだから、行くとしてもほとぼりが冷めてからかな。





