なかなか書けずにいた。気持ちがまとまらなくて。今もまとまってはいない。でも書かないと前に進めない。
午前中に電話が鳴った。刑事だと、その人は名乗った。過去にも何度か警察から電話を受けたことがある。いつだって兄のこと。だから今回も、「また何かやらかしたのか」と、反射的にそう思った。だが違った。
その人は兄の名を出し、私が妹であることを確認すると、一呼吸おいてから、こう言った。「管内で死亡が確認されました」と。
いつかこんな日が来るだろうとは思っていた。が、刑事さんから伝え聞いた事情は思っていたのと大きく違っていた。
兄がうちの籍から抜けてある女性の籍に入っていたことは、伯母の成年後見人になるために取った戸籍抄本で知った。あんな奴でも結婚してくれる人がいたのか。そう思った。その伯母が亡くなって、長く確執のあった兄でも伯母の血縁には違いないから、と戸籍抄本に記載されていた住所にはがきを出したところ、兄から電話があったが、兄は結局伯母の納骨に現れず、それきりまた音信不通になっていた。はがきで連絡がついたことから、結婚生活は続いているのだと思っていたのだが、そもそもその結婚自体が兄から「名前を変える」ために頼み込まれて渋々了承したもので、同居したのは半年足らず。兄はすぐに行方をくらましたそうだ。名前を変えるのは、ブラックリストに乗ってサラ金からも借金ができなくなったため。情けない奴。
そんな形で入籍をして、おそらく兄はお金の迷惑だってかけただろうに、その女性は兄の遺体の引き取りに同意してくれたという。「籍が入っているのは事実だから」と。頭が下がる。私は刑事さんから「会いに来ますか」ときかれ、「行きます」とはどうしても言えなかった。もし遺体を引き取る気があるかときかれたら、断っていたかもしれない。だから、その女性にはとても感謝している。
兄から電話を受けた時、糖尿を患っていると言っていた。それで入退院を繰り返し、心臓にも病があったそうで、直近の退院後、「孤独死はしたくない」と知り合いの家に転がり込んで、入浴中に心臓発作を起こしたそうだ。浴室で死んだのか、病院に運ばれて死んだのかはきかなかったが、その知り合いにしたって大迷惑に違いない。まったく最期まで周りに迷惑をかけるなんて。今はいたって健康な私だって、ひとり暮らしをしている以上、孤独死の覚悟はしている。さんざん迷惑ばかりかけ続けてきたくせに孤独死の覚悟もないなんて。情けなくて呆れる。
平静なつもりでいたのだが、刑事さんに携帯電話の番号をきかれ、答えようとしたら 「090」 のあとの数字がまったく浮かばなかった。どこの署のなんという刑事さんかも、相手はちゃんと名乗ったはずなのに、記憶に残っていない。動揺していたわけではない、と思う。現にその後いつもどおりに仕事をした。ずっと仕事をし続けた。ただやはり、心がざわついていた。悲しみではない。怒りでもない。なんだろう。分からない。分からないことに苛立った。
今も自分の気持がよく分からなくて、まだザワザワとしている。だが、ひとつだけ確かなことがある。長かった兄との確執も、これですべて終わったのだ。すべて…。