まるぶろぐ

備忘録として日々の出来事をこまごまと綴っております

maru992010-03-28

今日の歌舞伎座千秋楽は第3部だけだから、寝るのが朝方でもたっぷり睡眠がとれるはず、と8時間眠れる計算でアラームをセット。それがどういうわけか4時間後ぐらいから頻繁に目が覚めてしまい、ちょっと眠ってはまた起きて、と何度となく繰り返す間、眠りが浅いせいかへんな夢をずっと見ていた。途中で起きてまた寝ても夢の世界はつながっていたような…。

さて千秋楽。「道明寺」も「筆法伝授」と同じく8年ぶり。十三代目仁左衛門の神々しいばかりの菅丞相を今もありありと覚えていて、現仁左衛門の菅丞相を初めて観たときにはどうしても先々代と比べてしまったものだった。比べて不足があったわけではない。先々代のあの厳かさと静けさの中で凛とした佇まい。あれはもう演技とか所作とか、そうしたことをすべて超越した一種独特な境地だったのだろうと思う。その先々代の十七回忌追善の舞台で、現仁左衛門の菅丞相が先々代のその境地に限りなく近づいていることに深い感慨を覚えた。

玉三郎の覚寿に秀太郎の立田の前という配役は逆のほうが、と観る前には思ったのだけれど、どちらも意外におさまりがよく、孝太郎が「加茂堤」に続いて刈屋姫なのも継続性があってよかった。歌六の土師兵衛に彌十郎宿禰太郎もそれぞれの役柄に合い、我當の輝国で松島屋三兄弟がそろうのも好ましい。ただこの芝居、後半は動きも台詞も少なく息づまるような心理描写が続き、そこが見どころでもあるはずなのだけれど、客席は集中力がとぎれがちなのか、筋書きをめくったり荷物をいじったりと若干ザワザワしたのが残念。

文楽では、このあと菅丞相は雷神と化し、山の上で口から火を吹く。初めて観たときはビックリしたなぁ。

今月最後の「石橋」は、天王寺屋父子の獅子と文殊菩薩。ん〜。もうちょっと華やかだったり威勢がよかったりする踊りの方が最後にはふさわしかったんじゃないかと。

終演後、一昨日も一緒だったお仲間と2人で一献。いつもの升屋は日曜が定休日なので、あらかじめネットで日曜も営業している店を調べておいた。楽しいオシャべりで、閉店までの2時間があっという間。

午前様で帰宅した後、英訳の続き。生ビール3杯だもの。へっちゃらへっちゃら。2時間ほどで最後まで訳し終えた。見直しは明日することにして、ゆっくりお風呂。はぁ〜〜〜。