まるぶろぐ

備忘録として日々の出来事をこまごまと綴っております

デザイン変更

歌舞伎座夜の部の記事は途中まで自宅でパソコンで書いて下書き保存しておいて、続きはスマホで、東劇に向かう日比谷線の車内で書いて再び下書き保存。さらにスタバの東銀座店で書き終え、更新。その時点でスマホの画面で、このブログのスマホ版にきちんと反映されていることを確認し、さらにパソコン版の表示も確認したら、自宅で書いた分だけ文字が小さくなっていて、スマホからでは直すことができなかったので、そのまま放置するしかなかった。

帰宅後、パソコンで確認したら、その記事が反映されていない。なんで???

管理画面で記事の一覧を表示させると、そこにはしっかり記事があるのに、実際のブログの画面には再度更新してもなぜか表示されない。もうわけが分からない~! パソコンとスマホの両方でひとつの記事を混ぜこぜに書くのはアウトということかしらん。

仕方がないので、編集画面でコピペして新しい記事として投稿し直してから、その後の記事をいくつかアップしたあとで、パソコンとスマホとで表示が統一されるという「レスポンシブデザイン」のテーマに変更してみたんだけど、どうかしらねぇ。

まだいろいろと試行錯誤中。

読書タイム

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ライブビューイングを観る前にはスタバの東銀座店で、後には北千住駅構内のスタバに場所を移し、読書タイム。

メモを取りながら読み続けてきた鴻巣友季子著「明治大正 翻訳ワンダーランド」を読み終えた。

面白い点がいっぱいあった中でも、読み終えたばかりの今特に印象に残っているのは、ピーター・シェイファーの戯曲「アマデウス」を日本で初めて和訳したのは俳優の江守徹さんだそうで、彼がインタビューで次のように語っていること。まず、英語の台詞では子音が消え入るように終わる語尾が美しいのに対し、日本語ではすべての音に母音がついてくるので、訳文で英語の音を再現することができない。また、子音では声帯を使うことがなく、英語の台詞と日本語の台詞とでは声帯が震える回数が格段に違い、芝居は人の身体を使ってするものだから、声帯が震える回数がそんなに違っていては、演劇的表現として等しいものになりえるか疑問であると。役者ならではの視点。

この母音の問題は、先日、新国立劇場で日本語のオペラ「紫苑物語」を観たときに強く感じた違和感に通じる。すべての音に母音がついてくることで、複数の歌手がそれぞれに異なる歌詞で一斉に歌う重唱の際に、異なる母音がぶつかり合って、美しい響き合いの邪魔をしているように感じた。音楽的じゃないのよね。

翻訳って、やっぱり面白いなぁ、と再認識できたのも、この本を読んで良かったことのひとつかな (^^) 

明治大正 翻訳ワンダーランド(新潮新書)

明治大正 翻訳ワンダーランド(新潮新書)

 

 

カルメン

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東劇で、メトロポリタン・オペラのライブビューイング「カルメン」。

もともとこのライブビューイングを観始めた最初の作品が2009/2010年シリーズの「カルメン」で、その時にエリーナ・ガランチャが演じたカルメンを油絵に描いたりもしたから、感慨深いものがある。

今回タイトルロールを演じるのはクレモンティーヌ・マルゲーヌ。挑むような視線が印象的だった。でもやっぱり、ジプシーらしさという点でも、私にとってのカルメンのベストはガランチャだなぁ。

ドン・ホセは、ガランチャのときと同じロベルト・アラーニャ。当時よりも一層充実して、まさに油の乗り切っている状態なんじゃないかしらん。アレクサンドラ・クルジャックのミカエラとのデュエットが素晴らしく、ものすごく相性が良いと思ったら、この二人、実生活で夫婦だった。インタビューでも息がピッタリ。アレクサンダー・ヴィノグラドフのエスカミーリョも素晴らしかった。

ジプシーたちの群衆シーンはいつ観ても素晴らしい。音楽も耳になじみがあるだけでなく、血湧き肉躍るような名曲ぞろいで、屈指の人気作なのも頷ける。

カルメンは、ただホセからエスカミーリョに心変わりしただけなのかしらん。それとも、ミカエラが迎えに来て、母親の容態が心配だからと自分を残して帰ってしまったホセへのあてつけと、自分は誰の言いなりにもならないという意地で、最後までエスカミーリョを愛していると言い続けたのか。

フランスのオペラだけどスペインが舞台なので、ホセはスペイン語読み。フランス語で上演されるから、発音はジョゼなんだよね。ホセとジョゼではイメージがかなり違う。

ヴィノグラドフのインタビューで、闘牛が今はスペインで禁止されていることを初めて知った。

 

 

歌舞伎座 夜の部

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ゆっくり起きて、お土産で重くなったバッグを背負って帰った肩の痛みをマッサージチェアでやわらげ、スッキリとした青空が広がっているのに天気雨がぱらつく中を東銀座へ。

夜の部最初の演目は、「近江源氏先陣館」(通称「盛綱陣屋」)。関ヶ原の戦いで敵味方に分かれて戦った真田兄弟をモデルに、時代を変え、佐々木盛綱・高綱兄弟に置き換えた物語。高綱のニセ首を北条時政に本物と信じさせるため、父の後を追うと自害する小四郎を勘太郎が、幼少の身で勇ましく戦場に駆け出して行く盛綱の一子小三郎を寺島真秀くんが演じ、仁左衛門の盛綱に秀太郎の微妙、雀右衛門の篝火に孝太郎の早瀬、歌六の時政、そして左團次さんの和田兵衛と手堅い布陣で、物語の筋がもうすっかり分かっているのに、小四郎の健気さに泣かされてしまう。鎧兜が嬉しくてたまらないという真秀くんも可愛らしかったー!

続いて「雷船頭」は、猿之助の女船頭に猿弥の雷さまでコミカルに。楽しい舞踊。

最後は「弁天娘女男白浪」で、幸四郎の弁天に猿弥の南郷という新鮮な顔合わせ。駄右衛門が白鸚だったので、師匠でもある父親が真後ろに鎮座ましましているのはプレッシャーではないかしらん、と余計な心配をしてしまった。ニンにないかと思ったけど、すごく丁寧に、楷書に演じていた印象。 

猿之助の鳶頭。友右衛門が演じる濱松屋の主の名代として南郷と交渉するときは濱松屋の名入りのハッピを着て、それ以外の場面では脱いでいる。細かいところまでちゃんとしてるんだよねぇ、歌舞伎って。彼が怒って投げつけた豆絞りの手拭いを弁天が帰るときに頬被りに使うという工夫も、よく考えられているなぁ、と先人の知恵に感心せずにいられない。

松屋の若旦那を鷹之資。もうこんなに大きくなったのねぇ。松也が小四郎を演じていた頃から観ているからなぁ。鷹之資の顔の大きさは亡父譲りか。

稲瀬川勢揃いの場面では、亀鶴の忠信利平と笑也の赤星が加わる。亀鶴さん、久々に観たような。もっと活躍してほしい人のひとり。一方、猿弥は「盛綱陣屋」にも注進役で出ていたから、夜の部はフル出演。演技の幅が問われるのかしらねぇ。

昼の部は、しばらく先までお預け。

一夜明けて

一泊二日の仙台ツアーから一夜明け、今日は歌舞伎座の夜の部。でもその前に、と夕べ深夜に放送された錦織圭くんのインディアンウェルズでの初戦を録画で観戦。

録画予約する時点で、テレビの番組表にはNHK BSで午前3時から放送されることになっているのに、レコーダーの番組表にはまだその内容が反映されていなくて、番組表から選んで予約することができなかったので、日時指定で予約しておいた。NHKのHPには午前3時から5時までがライブ、5時から7時までが録画で放送となっていたので、録画予約は3時から5時まで。

そうしたら、ファイナルセットの途中でブチ切れてしまい、最後まで録画されたいなかった。く~っ! 番組表から選べる状態なら、放送延長に応じて録画も延長されていたはずなのに。

ネットで確認したら、タイブレイクにもつれ込んだファイナルセットを圭くんが制して3回戦に進出。安心したけど、最後まで観たかったのに~!

タオルじゃなかった

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OTTAVAのリスナーさんに頂いた十六茶のオマケ、タオルじゃなくて、ペットボトルカバーだった!

小さいから380mlぐらいのミニボトル用かと思ったら、グーンと伸びて、500mlのボトルがすっぽり入るサイズ。

靴下みたいで、かわいい (^^)

帰宅後

爆弾低気圧のニュースにビックリ。あちこちの駅でも冠水するほどだったなんて。私がまだ寝ている間にそんなことになっていたのねぇ。出かける頃の天気雨は、そのなごりだったのかしらん。

ひと息ついてから、絵織りを進める。

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織り図では、左の2羽の鳥に挟まれている花が左右非対称だったのを対称にしたくて、どうしたら対称になるか考えながら織ってみたんだけど、結果的に大きくなってしまった。

そして今、ここにアップした写真を見て、もうひとつの花の葉っぱの部分が間違っていることに気づいてしまった。うーむ。ほどいてやり直すべきかしらん。く~っ。

模様の外の枠の部分も柄が複雑で、1段ずつ織っている最中には、正しいのか間違っているのか判断できないのよねぇ。もっと織り進めば少しは慣れて分かるようになるかしらん。