まるぶろぐ

備忘録として日々の出来事をこまごまと綴っております

これからが楽しみ

maru992005-06-02

朝からマジメにお仕事お仕事。今やっている案件は数枚ごとに異なる書類で、書類の単位ごとにファイルも分けているので、今日終わった段階ですでにファイルが11個。いずれも同じプロジェクトの関連書類だから、同じ用語が何度も使われている。最初に出てきた時にピシッと正しい訳語を選んでおけば何も問題ないのだけれど、内容を把握している人たちどうしの内部文書だから文章が不完全だったり用語も独自に短縮してあったり。その結果、自分の判断をまじえて訳出した部分が後になって違う意味だと分かって、修正せざるを得なくなることが少なくない。そうなるとすでに訳し終えたファイルからも該当箇所を探し出して修正することになり、これがなかなかに面倒くさい。その反面、短縮してあってよく分からなかった用語の意味が判明した時には、のどに刺さっていた魚の骨がポロリととれたような快感があるし、作図は楽しいし。同じ数十ページでも全部ひとつの長い書類よりは起伏があって飽きないな。


今日は久々に健佐さんのライブだわ〜、と楽しみにしていたのに夕方から雨が降り出した。ライブが始まるはずの7時ごろには本降り。どうも天気に恵まれないなぁ。残念。その分、仕事にいそしんで、9時過ぎにキリのいいところまで終えたので、今日は早めに店じまい。その割に寝たのは1時過ぎ。なんでこうなっちゃうんだろう?


若貴問題の報道が気になる。兄弟の対立というよりは、以前から、貴の方が頑なになって一方的に兄を排斥しようとしているように見える。今回の喪主の問題にしてもそうだ。そもそも葬儀というのは個人的なものだから、部屋を継いでいるのがどちらであろうが、あくまで父と子の関係として長男がやるのが筋だし、たとえその問題について兄弟間で争ったとしても、最終的に若がやることになって貴も渋々ではあれ承知した以上、その経緯をわざわざマスコミに知らせる必要はない。ウチも母親の時、兄を差し置いて私が喪主を務めたけれど、それは当時、兄がどこにいるやら分からず連絡がつかなかったからにすぎない。献体したため通夜から告別式までの間に数日余裕があったから、奔走してくれた知人のおかげで告別式の直前に連絡がつき、兄は当日やってきたけれど、告別式の通知のハガキも私の名前で出してあったし、兄も何も言わなかったから、そのまま私が喪主を務めた経緯がある。その結果、事情も知らない人たちがひそひそ、ぼそぼそ。「お兄さんがいるのにどうして」 という声が私の耳にもハッキリ届いた。ウチでさえそうなんだから、有名人となれば何を言われるか。葬儀に報道陣が入ることも分かっていながら、それ以前の段階で貴が若との対立を自分からあらわにするようなことを言うから、若が涙ながらに喪主として挨拶している場面で貴が目も合わせようとせず若を無視する様子が何度も何度も放送される。「以前のように心の通い合う兄弟に戻ってほしい」 という憲子さんの言葉もむなしく、「もう元に戻ることはない」 とわざわざメディアの前で発言する貴。自分で自分を追い込んでいるような痛々しさを感じる。まぁ実際のところ、もし母の告別式当日に兄が俺に喪主をやらせろと言ったら納得できたかどうかを考えると、私もやっぱり 「ふざけるな!」 って突っぱねちゃっただろうとは思うけど…。


お風呂の中で、文庫化された 「ビートたけしの黙示録」 を読み終えた。暴言・放言おかまいなし、と断り書きがあるものの、内容は至って正論。ふむふむ、と納得しながら面白く読んだのだけれど、最後の最後に、バイアグラを使って若いオネエチャンとやろうとして失敗したような自分の話が書いてあって、さんざんいろんなこと言ってきたけど所詮は自分もこんなものさ、と自分を落としてまとめようとしているのが残念だった。本文中で実名で批判した人たちに対しても、まぁ俺も人のことは言えないけどさ、と言い訳しているみたいで。


さて、明日には今の案件が一段落するはずなんだけど…。果たして?