TPOを考えるとあんまりカジュアルすぎる格好は憚られ、かといって堅苦しいのもなんだから、ユニクロの「ミラノリブシャツカーディガン」というジャケット風のグレーのニットを着込み、直行するにはバスの時間が中途半端だったこともあり、早めに家を出てサイゼリヤでランチのあと、図書館で借りた八咫烏シリーズの続きを読んで心を落ち着け、時間を見計らって駅へ。
伯母が板橋に、うちが下板橋に住んでいた頃はまだ埼京線もなく、私が板橋を最後に訪れたのはおそらく20年ぐらい前。伯母が亡くなってからそんなに経つんだなぁ、と思いながら池袋から埼京線に乗り換え、板橋まではたった1駅。毎月2回は絵の教室への行き帰りに池袋を通っているのに、板橋が池袋とこんなに近いなんて思っていなかった。
駅前の風景は当然ながら様変わりしていて、今では少なくなったカンカン鳴る踏み切りを渡るとすぐ。建物が面している道路は意外なほど車の通りが多い。裏に回って2階への入口を確認しているところへスマホが鳴り、110番があって出かけざるを得なかったので15分ほど遅れるとの連絡。それならば、と迷わない程度に駅周辺を歩いてみた。


遠い昔の記憶と重なる場所はひとつもなく、母に連れられてよく買い物に行った滝野川の市場まで足を伸ばすほどの余裕はない。喫茶店やショッピングモールなど、ちょっと立ち寄れる場所がまったく見当たらないので戻る。右隣りの靴屋さんは、しばらく前に売却することになったので境界線の確認に協力してほしいと連絡があり、ストリートビューでは今もある看板がすでに撤去されていた。左隣りの中国料理店は、私がまだ幼い頃、お店のおにいさんに抱っこされてニコニコしている写真が今も残っていて、アッテー、アムーと呼んでいたご夫婦のにこやかな笑顔もよく覚えているのだけれど、店はもうずっと閉まったままで、ドアの下などにチラシがたくさん差し込まれていた。両隣りがこんな状況で、1階の飲食店も今日は休業日だからのれんも出ていなくて、寂れた印象が拭えない。
そうこうしているうちに目の前で車が停まり、到着した刑事さんは「相棒」の米沢さんが乾式の作業中に着ているような紺の上下で、部下の方と2人連れ。ダイソーのスリッパは2人分しか用意していなかったのだけれど、ビニールの靴カバーを持参していらして、私もいただいたので、スリッパの出番はなかった。ちょっと小さめのカバーで、私の靴でもキチキチだからお二人はかかとが出てしまい、「サイズが違うじゃん!」などと言って笑い合っていらして、緊張がほぐれた。
私が鍵を開けてドアノブを引くと、目の前は急な階段。電気がすでに停まっているので暗い中、刑事さんがかざしてくれるライトを頼りに2階に上がる。室内は窓から入る光で明るかった。畳には痕跡が残っていたけれど、事前に写真を見ていたので大丈夫。
襖が取り払われた押し入れの棚の上に箱が2つ置かれていて、フタ付きの箱のほうに骨らしきもの。どれも茶色い小さな欠片で、おそらく小動物の骨じゃないかと。だとすればペットのものだろうから問題はないと思うが、持ち帰って一応調べます、とのことで、所有権を放棄する書面と検査を依頼する書面の2枚に署名をし、印鑑は持っていなかったので黒インクで拇印を押す。
現金は、お札と小銭の他に、板垣退助の肖像がある古い百円札が1枚、ビニール袋に包まれていた。お財布も残されていて、その中にも千円札があり、身分証も入っていたのでためらっていると「置いていっていいと思いますよ」と言ってくださったので、中身のみを回収させてもらった。
この狭い部屋で何十年も一人暮らしをしていらしたのだなぁ、としばし思いを馳せ、合掌してから退出。外の郵便受けが満杯になっているのも気になっていたので相談すると、「中に入れておけばいいんじゃないですかね。わざわざ持ち帰って処分するのも大変だろうし」と仰るのでそのとおり、中に入れて鍵を締める。お二人にお礼を言って、今日のミッションは無事に完了。
埼京線と山手線と千代田線を乗り継ぎ、自宅の最寄り駅を通り過ぎて金町へ。夕べ描き進めた花の絵に必要な鮮やかな花びらの色に近い油絵の具がほしくて、リニューアルオープンしたという画材店に行ってみた。ところが、ネットの記事からの印象よりはるかに狭く、油絵の具はごくわずかしか在庫がないのできいてみると、メーカーを切り替えることになり、20日以降に新しいメーカーの絵の具が大量に入荷するとのこと。今ある絵の具は半額でいい、と言われても必要な色がないのであきらめ、駅に戻る。このまま帰宅しようかとも思ったけれど、次の教室までに花びらも塗っておきたい。そこで、再び自宅の最寄駅を逆方向から通り過ぎ、御茶ノ水のツールズへ。ここでは無事にオーロラピンクの絵の具とジェッソパネルも購入できたものの、予定外だったので会員カードを持参しておらず、割引が適用されなかったのが残念。
そんなこんなでたくさん歩き、どっぷり疲れて帰宅したのが17時半すぎ。しばし椅子にへたれ込み、立ち上がれないほどだった。
ツールズで買ったジェッソパネルは、2つのサイズを1枚ずつ。割引がなくても、アマゾンの値段よりそれぞれ200円前後安かった。まぁ、アマゾンのほうは送料無料で届けてくれるから、交通費を考えれば高くはないんだけども。
行き帰りの電車で八咫烏シリーズの1巻を読み終え、帰宅後には絵の続きを描くつもりでいたのだけれど、さすがに疲れたし、ついあれこれ考えてしまうので、今日はもうやめにした。
これで一応、一段落と言っていいのかな。あらためて、合掌。