まるぶろぐ

まるのダイアリーから移行しました。

整 経

ゆっくりめに起床。最近ストレッチをサボっていたせいか、身体全体がガチンコチンと凝り固まっているような気がして、マッサージチェアで念入りにほぐしてみる。生き返るー。

外出しようかどうしようかと迷いながら斎藤さんの OTTAVA Andante を聴き、決めかねているうちに時間だけが経ち、結局、面倒になって出かけるのはやめてしまった。ウィーン国立歌劇場の配信が4時間超えの大作ながら、いつもより視聴期間が長く3日間あるものだから、これも今日中に観るかどうかで悩みながら、次に何を織るかを考えていた。会場の施設から連絡があり、5月末までの予定だった利用停止期間を6月7日まで延長するよう区から指示があり、6月1日の抽選会は引き続き電話のみで行うが、8日から利用再開の見込みだと。となると6月1回めの手織教室は2日の予定だったから引き続き中止だけれど、16日の2回めから再開できるはず。2月の18日が最後だったから実に4か月ぶり。その間に織った2本のスカーフの写真を LINE で皆さんに送ってしまったので、次の教室までに何か新しい作品をスタートしておかないと。

この間ユザワヤで買ったコットンの糸で、2012年に一度織ったきりのポコポコと穴が開くシンプルな模様のスカーフを織ることに決め、パソコン机の前に手織用の机を置き、整経をしながらワーグナーのオペラ「トリスタンとイゾルデ」を観る。

ペーター・シュナイダー指揮、デイヴィッド・マクヴィカー演出で、幕が開くと、広い夜空にまん丸の月。歌舞伎の月は無地で陰影のないシンプルな丸だけれど、天体望遠鏡で見ているようにクッキリと模様が浮かび上がるリアルな月。それが最初は青みを帯びていたのに、物語が進むにつれて真っ赤な月となり、ラストではグングンと大きくなって、やがて水平線の向こうに消えていく。夜にだけ忍び合う二人の歌に昼と夜という言葉が何度となく繰り返されて出てくるのと呼応しているかのよう。

自分たちの愛は「トリスタンとイゾルデ」という名前なんじゃないか、つまり二人は一心同体で、どちらかが死んでしまったらもうひとりも生きていられないんじゃないかと歌う二人。今まで観た舞台ではその言葉どおり、トリスタンの亡骸に折り重なるようにイゾルデも息絶えるエンディングだったと思うんだけど、今回のイゾルデは、トリスタンの亡骸に背を向け、無言で立ち去っていく。その意図するところが分からなかったけど、実はこの作品、これまでは途中で意識が飛んでしまうことが多くて、こんなにじっくり観たのは初めてで、やっと理解できたような気がする。むしろ今まで寝落ちしがちだったのが不思議なぐらい。

ペーター・ザイフェルトのトリスタンにイレーネ・セオリンのイゾルデ。トリスタンの忠実な従者クルヴェナールをおなじみのトマース・コニエチュニー、イゾルデの侍女ブランゲーネをペトラ・ラング。イレーネ・セオリンもペトラ・ラングもブリュンヒルデを演じていたので、これもおなじみ。特にコニエチュニーはもう声だけですぐ分かるようになっちゃったなぁ。

観ながら整経を進め、織り始めてみた。グラデーションの色が変わるスパンが思ったより長くて、もっと混色の印象になるかと思っていたのだけれど、平凡すぎちゃうかなぁ。ただ、織り進むにつれて徐々に色が変わっていけば、マフラーとして巻いたときには色合わせのようになるはずなんだけど。

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