まるぶろぐ

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トゥーランドット

あちこちで演奏会や演劇その他の公演が延期・中止になる中、メトロポリタン・オペラのライブビューイングと同様に、ウィーン国立歌劇場の公演も OTTAVA.TV で通常どおり配信されている。今月は特に大作が並び、そのトップを飾るのがプッチーニの「トゥーランドット」。

舞台装置と照明も手掛けるマルコ・アルトゥーロ・マレッリの演出は、MET版でおなじみのフランっ子・ゼフィレッリ演出による豪華絢爛な舞台とは多くの点で異なっていて、とっても斬新。

まず冒頭は小さな一室で、カラフを演じるはずのロベルト・アラーニャがピアノに向かい、譜面を手にしている。オルゴールの蓋を開けると、流れてくるのは、このオペラの中で印象的に用いられている中国の民謡の一節で、カラフ=プッチーニで、今まさに「トゥーランドット」を作曲中であることを思わせ、その様子をリューが見つめている。この小さな一室の場面は、休憩開けの第三幕の冒頭にも使われていて、あの有名なアリア「誰も寝てはならぬ」も作曲したばかりのように、この一室で歌われる。

トゥーランドット姫に求婚する者は3つの謎を解かねばならず、解くことができなければ死罪というお触れを告げる役人が幕を開くと、ずらりと居並んでいるのは民衆ではなく、着飾った紳士淑女。オペラの観客を思わせる。舞台の上が作品世界そのものではなく、実際の観客と向かい合うような形で聴衆がいて、彼等はもちろん合唱団としても機能している。その多重構造がとてもユニーク。

ゼフィレッリの演出と比べると大国と小国のようなスケール感の違いがあり、古代中国という雰囲気も薄れ、むしろ現代的。謎解きの答えを巻物を開いて漢字で見せるのは秀逸。「希望」「血潮」に続き、最後の答え「トゥーランドット」も中国語で「圖蘭朶」と表記されていた。他にも「杜蘭朶」「図蘭多」などの表記もあるみたいで、要するに当て字なのね、きっと。

カラフが謎解きに成功すると、姫は自害しようとして短剣を手にするが思いとどまり、その短剣をリューが隠し持つ。リューがあとで自害するのが分かっているので、なるほどねぇ、と納得。

MET版でガーキーが演じた姫は、カラフに抱きしめられキスをされた瞬間に崩れ落ちるように姫の心が氷解したことを表現していたのに対し、エレーナ・パンクラトーヴァが演じる今回の演出では、姫は「近寄らないで! 私を汚さないで!」と歌いながら、自ら黒いコートを脱ぎ捨て、情熱的な真紅のワンピース姿で、自らカラフの頬を両手で包んでキスをする。そして最後の場面では純白のドレスに着替えて登場。まるで現代のごく普通のカップルのように、カラフと2人で小さなテーブルを囲み、幸せそうに手を取り合う。テーブルの下から道化が顔を出して指でハートを作り、二人がラブラブであることを伝える。ゴルダ・シュルツが演じるリューもお下げ髪にカントリー風のシンプルで素朴なワンピースで、あたかもごく身近な世界での物語のよう。それでいて音楽も歌唱もゴージャスそのもの。

いやぁ、良かった! 設定を大きく変えすぎて首を傾げてしまうような演出も時折りあるのだけれど、今回のように作品の本質を大切にしつつ工夫をこらした演出は大歓迎。実際、カーテンコールが鳴り止まず、一度は途絶えそうになったのに一部の観客があきらめずに拍手を続け、再び幕が開いて大喝采。その場にいたかったぁ!

特に写真はないので、窓際のパキラを撮ってみた。まだ伸びてる。

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