まるぶろぐ

備忘録として日々の出来事をこまごまと綴っております

オフシアター歌舞伎「女殺油地獄」

15時から寺田倉庫の5階フロアで、オフシアター歌舞伎「女殺油地獄」を観る。普通に倉庫のオープンスペースで、中央にシンプルなスクエアの舞台が設営されていて、その周囲に東西南北の4つのコーナーに分かれてパイプ椅子が並んでいるだけの空間。舞台を囲むように天井からクロスが張られていて、開幕が近づくにつれ、そのクロスに様々な文字や映像が映し出され、不穏な雰囲気を盛り上げていく。

チケットを取る際、どこが正面になるのか分からないまま、なんとなく日本の感覚では東西南北なら東が正面かな、と選んだ席が東の最前列で、そのいいかげんな推測がドンピシャだったので、3方向から舞台へと続く通路や、舞台の周辺を役者が歩き回る場面では、もう目の前スレスレぐらいの至近距離。

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獅童の与兵衛に、壱太郎はお吉と芸者小菊の両方を演じ、吉弥の母おさわに橘三郎の父徳兵衛、吉太朗の妹おかちに、脚本・演出も手がけた赤堀雅秋が小兵衛を、荒川良々が七左衛門と白稲荷法印の二役という異色のキャスト。

お吉・七左衛門の娘と色街の禿を兼ねる子役の演技がそれはそれは達者で、与兵衛がお吉を殺害した直後にその場に居合わせ、35日後の法要に平然と訪れた与兵衛を見て恐怖を覚え、父親にすがりついたままで必死に堪えている、その場面の表情が素晴らしかった。でも舞台では白塗りだから、素顔の写真を見比べても、どちらの子だか分からなかった。

歌舞伎の舞台では通常、与兵衛がお吉を殺して花道を引っ込むところまでなんだけど、今回はそのあとの法要の場面があり、35日もの間しれっと遊び暮らし、自分が殺した女の家族の前に姿を見せる、その図太さに、芯は気弱な男というこれまでの与兵衛のイメージが変わった。

芸者小菊も、歌舞伎ではそれほど出番が多くないのだけれど、与兵衛にさんざん金を貢がせておきながら、あの男はもう終わり、と見限り、毒づくアクの強さ、したたかさ。

今回の脚本では、与兵衛が参詣に来た百姓夫婦に喧嘩を売り、百姓に自分たちは幸せだ、お前はどうだ、と詰め寄らせ、与兵衛は虚を突かれたように一瞬たじろぐ。一方、七左衛門にお吉の前でしみじみと、自分は幸せだと語らせることで、その幸せな生活が無残に打ち砕かれる悲劇を浮き彫りにしている。

与兵衛を取り巻く連中は友達のように振る舞いながら、陰では与兵衛に対して悪口雑言。小菊が与兵衛を客としてあしらっているだけなのと同様に、与兵衛も小菊に本気で惚れているわけではなく、単に意地尽く。遊び歩いていても真に楽しいわけではない。そんな虚無感が獅童の与兵衛に常に漂っていて、時代を超えて、どこにでも存在していそうな若者像になっている。

荒川良々もいい味出していたなぁ。絶妙な間でくすくす笑わせる場面はある意味、想定内だけれども、むしろ七左衛門としての堂々とした演技に惹き込まれた。

吉弥・橘三郎の老夫婦もまさに熟練の域。特に、徳兵衛が与兵衛の後ろ姿に先代の面影を見て、もったいないもったいない…と拝む姿が印象的だった。

最近は、メインキャストはネットで発表されているものの、それ以外の配役は筋書きを買わないと分からないことが多いのに、今回は、入場時に配布される上質紙三つ折りのパンフにすべての配役が記載されているだけでなく、与兵衛が小兵衛に借りた額は銀二百匁(約32万円)で、今夜中に返さなければ十倍の新銀一貫匁に跳ね上がり、与兵衛の両親がそれぞれに与兵衛にやってくれとお吉に託す金額は合計しても銭八百(約4万円)でまったく足りず、与兵衛がお吉を殺して盗んだ売上は580匁(約200万円)と、興味深い記載もあって素晴らしい。

 エレベータしかなく階段で降りることができないのと、トイレが男女兼用で4つしかないのがちょっと難だけど、もともと倉庫なんだから仕方がない。ダクトや電線がむき出しの空間が今回の芝居にはよくマッチしていた。

面白かったー!!!